雑誌岩井圭也

小説と雑文

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岩井圭也 略歴と近況

 

〇わたしの『数学本』

1冊目 『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』 

2冊目 『ぼくには数字が風景に見える』

3冊目 『数学する精神』

4冊目 『天才の栄光と挫折』

5冊目 『完全なる証明』

6冊目 『怠け数学者の記』

7冊目 『放浪の天才数学者エルデシュ』

 

〇短編小説「モラトリアム三段」 

モラトリアム三段 <1> - 雑誌岩井圭也

※カテゴリー「モラトリアム三段」で抽出

 

〇短編小説「不伝子」

不伝子 <1> - 雑誌岩井圭也

※カテゴリー「不伝子」で抽出

  

〇その他雑文

スタートラインに立つまで - 雑誌岩井圭也

胃壁の住人 - 雑誌岩井圭也

※カテゴリー「雑文」で抽出

スタートラインに立つまで

 『永遠についての証明』が発売されてから、20日余りが経ちました。おかげさまで嬉しい感想をたくさんいただき、本当にこの小説を書いてよかったです。
 嬉しいことに最近はたびたび取材していただく機会があり、自分自身と小説の関係について考えることが増えました。なかなかぱっと答えられないこともあります。いったん自分の過去を振り返ってみたいと思ったのは、そういった経緯からです。
 このエントリーでは、野性時代フロンティア文学賞を受賞するまでのことについて、つらつらと書いてみたいと思います。

 最初に小説を書きたいと思ったのは小学3年生のときでした。
 現在は廃刊になってしまいましたが、当時は小学館から『小学三年生』という月刊誌が出ていました。毎月購読していた私は、北森鴻先生連載の「ちあき電脳探てい社」というミステリー読み物に夢中でした(現在はPHP文芸文庫になっています)。それまでも「かいけつゾロリ」や「エルマーのぼうけん」は愛読していましたが、ミステリーに触れたのは初めての経験でした。
 連載が終わってからも「もっと読みたい!」という欲求が収まらず、「自分で書けばいいんだ」と思いついてからはオリジナルのミステリー物語を作ることに熱中するようになりました。とはいえ気の利いたトリックなど思いつかず、本編をノートに書きはじめては挫折する、ということの繰り返しでした。物語が書けないためキャラクターの設定に終始し、ひとクラス分のキャラクターを作っても肝心の本編は一話もできていないという有り様だったのです。
 中学、高校に上がってからも、キャラクター設定やあらすじは作るものの、本文は数枚書いてはやめるということを繰り返していました。ぼんやりと「物書きになりたい」という夢を抱いていたものの、現実的には夢を追うことすらしていなかったのです。

 大学生になり、札幌でひとり暮らしをはじめてからは授業や剣道部の練習、アルバイトで忙しく、2年ほどは読書すらほとんどしませんでした。物書きという目標があったこともすっかり忘れて、学生生活の楽しさにかまけていました。書ききれない物語をこねくり回しているより、友人と遊んでいるほうがずっと楽しかったのです。
 大学2年も終わろうとする春休み、私は剣道部の一員として関東への遠征に行きました。その最中に何気なく立ち寄った品川の書店で、何がきっかけだったのかはわかりませんが、ふと「そういえば、小説を書きたいんじゃなかったっけ」と思い出しました。突然生じた小さな火種はいつまでもくすぶり、札幌に戻ってからも燃え続けていました。
 しかし書き出したところで、完成させる前に力尽きるのはこれまでの経験から目に見えていました。じきに私は「書ききれないのは、読書量が足りないせいだ」という結論に至りました。自分のなかに物語を蓄積させない限り、新しい物語を生み出すことはできないと確信したのです。
 それから大学院を修了するまでの4年間は、読書に専念しました。本を読むのはそう早くないため、目標にしていたほどの量は読めませんでしたが、それでも物語の基礎体力くらいは身につけることができたような気がします。

 改めて小説を書きはじめたのは社会人になってからです。研修期間、早めに帰宅する毎日を過ごすなかで、「書きたい」という衝動にまかせて、どうにか原稿用紙100枚程度の短編小説を書きあげることができました。学生時代、研究で行き詰まった経験を反映した内容でした。それが初めて書いた小説になります。完成するころには次の長編のアイディアもおぼろげながら浮かんでいて、すぐに次作に取りかかりました。
 それから今に至るまでのおよそ6年間、ほぼ継続して小説を書き続けています。
 投稿していたころは何度か新人賞の最終候補に残りました。2年連続で同じ賞の候補に残ったこともありますが、受賞という結果には至りませんでした。落選が続くと気分もふさいできます。この方向性でいいのだろうか、と迷うこともあります。幸い、私は地方文学賞をいただいたおかげで「やっていることは間違っていない」と自信を持つことができました。成功体験を重ねたおかげで、肩の力もいい具合に抜け、徐々に書くことも楽しくなってきました。
 昨年フロンティアの奨励賞をいただいたときは、次が勝負だ、とはっきり認識しました。2018年のフロンティアで受賞できなければ、この先しばらくは難しいだろう、という予感がありました。なので3月に受賞の連絡をいただいたときには、純粋な喜びよりも安堵感のほうが強かったのを覚えています。ようやく物書きとしてのスタートラインに立つことができました。あとは力尽きるまで走り続けるのみです。

 学生の6年間、剣道や研究は一生懸命やってきたつもりですが、いずれも期待していた結果は得られませんでした。挫折と呼ぶのもおこがましいほど幼稚な失敗体験ですが、当時の私はそれなりに苦悩していました。
 残されていたのは小説を書くことだけでした。だからこそ続けることができたのかもしれません。これからも衝動の火が消えない限り、小説を書き続けていくのだろうと思います。

永遠についての証明 書籍情報

 学会発表スライド風の書籍情報を作りました。

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 異様に見づらいので、普通の書籍情報も作りました。ご活用ください。スマホなどに保存して、ご注文の際に書店さんでお見せいただくとスムーズです。

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『永遠についての証明』発売とご連絡

 8/31に野性時代フロンティア文学賞受賞作『永遠についての証明』が発売になりました(一部書店さんでは少し早く店頭に並んだようです)。

 私もよく行く書店さんなどで店頭にあるのを見てきました。自分の書いた小説が書店さんにあるという状況にはまだ慣れませんが、素敵な装丁のおかげで違和感なく書棚になじんでいました。

 それに関連して、いくつかご報告です。

 

〇受賞回の第9回野性時代フロンティア文学賞の選評が公開されました。選考委員は冲方丁先生、辻村深月先生、森見登美彦先生というビッグネーム揃いで、こちらの腰が抜けるほどの評価をいただきました。なお、カドブンでは9/3から冒頭試し読みもはじまる予定です。 

kadobun.jp

 

〇雑誌『本の旅人』9月号に、瀧井朝世さんの書評が掲載されました。「難しいモチーフをエンタメに落とし込む気概と筆力を持った著者の今後にも期待したい」と、過分な評価をいただいています。定価100円とお求めやすいので、ぜひ。

www.kadokawa.co.jp

 

〇9/12発売の『野性時代』10月号に選考委員の森見登美彦先生との対談が掲載予定です。初取材が初対談というレアケースだったそうで、その場にいた方にも驚かれました。森見先生の創作逸話も掲載されると思います。

〇同号で、『永遠についての証明』抄録が掲載予定です。1章とか2章ではなく、かなりの部分まで読めるようです。挿画にもご注目ください!

www.kadokawa.co.jp

 

〇9月中旬以降、いくつかの書店さんにてサイン本を作成させていただく予定です。詳しいことは明らかになり次第、お知らせいたします。

 

 これらの他にもいくつかの媒体で予定がありますので、随時ブログやTwitterでご連絡していきます。早くもTwitterでは嬉しいご感想をいただいています。

 『永遠についての証明』をよろしくお願いします。

モラトリアム三段 <終>

 雷のような面打ちが、おれの脳天に向けて振り下ろされる。間一髪のところで後退して竹刀をかわし、体勢を立て直す。今の飛びこみ面は危なかった。少しでもかすれば、審判の印象は悪くなる。最悪、その場の流れで一本にされかねない。

 ブロック初戦、頂点に旗を置くと決意したものの、おれは戸田さんの猛攻をしのぐのが精一杯だった。試合開始からここまでおれの見せ場は何一つない。引き面が当たったのと出小手がかすったくらいで、後は防戦一方だった。

 さすがに全日本レベルになると、強さは桁違いだ。打突の速さ、力強さ、正確さ。そして何より、読みの深さ。まるでおれの行動をすべて予知しているかのように、的確にかわし、応じ技を繰り出してくる。

 つばぜり合いになり、面金越しに戸田さんの顔が迫ってくる。三白眼に尖った太い鼻。たわしのような無精ひげが汗で濡れている。唇はなぜか笑みを浮かべているように見えた。こういう顔なのだろうが、正直、怖い。

 どうにかしのいでいるうちにブザーが鳴った。五分経過したのだ。この大会に引き分けはない。五分以内に決着がつかない場合は、一本先取の延長に突入する。制限時間はない。いったん止めがかかり、すぐに主審が「勝負」と宣告する。

 延長に入ればまだ勝機はある。五分以内だと一本を取っても取りかえされる可能性があるが、一本勝負の延長戦ではそれはない。引き分けがない以上、一か八かでも取りにいく。

 物打ちでの応酬から一気に間合いを詰めた。わずかに戸田さんの手元が上がる。今だ。

 ぐっと左足で床を蹴り、思いきり踏みこむ。捨て身の面打ち。全力で竹刀を振り上げる。

 瞬間、右小手に何かが当たった。

 しまった。

 そう思った時には、もう戸田さんの姿は消えていた。白の旗が三本上がっている。主審が「小手あり」と宣告した。華麗な出小手。お見事、と言いたくなるほどだった。

「勝負あり」

 蹲踞の姿勢で竹刀を収め、場外へ下がる。しかしおれには休む暇はない。すぐに慎太郎との試合をはじめなければならない。

 観客たちは柔道室の畳の上であぐらをかいていた。出場選手の家族や友人がいる。浅野先輩は難しい顔でじっと腕を組んでいる。きっとおれの顔も同じような表情だろう。汗が目に入りそうになり、反射的に目を閉じた。

 白のたすきを結んだ慎太郎は、退屈そうにおれを待っていた。

「くそっ」

 負けを引きずっても仕方ない。小手をはめた拳で自分の頭を殴った。おれが慎太郎に勝ち、慎太郎が戸田さんに勝てば、本数差で決勝リーグに上がる可能性は残されている。やるしかない。

 短く気合いを入れ、試合場に一歩踏み出した。慎太郎も待ちかねた様子で踏み出す。

 礼。帯刀から抜刀、蹲踞。

「はじめ」

 主審の合図と同時に立ち上がる。慎太郎は初太刀から大胆だった。遠間から虚を衝く面打ち。この奇襲は慎太郎の常套手段だ。難なく竹刀で受ける。

 しかし、その後の体当たりが予想外だった。ダンプカーと正面衝突したような衝撃。思わずよろめいたところに、すかさず引き面が襲ってくる。首をひねって、ぎりぎりのところで芯を外す。副審の旗が反応したが、上がりはしなかった。慎太郎は平然と竹刀を中段に戻した。

 あの体当たりは、腕力だけで押しただけの強さではなかった。腰から突きあげるようにぶつからないと、うまく力は伝わらない。うちの部員との練習試合では見せていなかったが、あんな技術も身に付けていたのか。

 焦りが高まるのを感じた。間合いが切れている間に、大きく深呼吸をする。落ち着け。不用意に打てば返される。自分の剣道をするまでだ。

 しかし攻めの糸口はなかなか見つからなかった。手元が上がる瞬間をねらうが、慎太郎の構えは一滴の水も漏らさないほど頑丈だった。正中線が奪えない。一方、慎太郎もこちらの落ち着きを警戒しているのか、手数は少なかった。

 それは五分が経過する間際だった。

 慎太郎がいきなり、竹刀を大きく払った。おれの右側に竹刀を払い、強引に面を割ってきたのだ。明らかに慎太郎は勝ちを急いでいた。根競べに勝ったのは、おれだ。

 後退しつつ、勢いを利用して払われた竹刀を旋回させる。面打ちを受け、返す刀で面を食らわせる。身体の伸びきった慎太郎にもはや成す術はない。面布団をとらえた瞬間、竹刀を握った両手に痺れるような快感が伝わってくる。

 三つの赤旗が高く掲げられた。

「面あり」

 この瞬間があるから、剣道はやめられない。

 

「つえー」

 隣で観戦していた慎太郎が、なかば呆れるようにつぶやいた。決勝リーグ最後の試合は、戸田さんのストレート二本勝ちだった。いわゆる二コロ。相手も特練員だから、当然強い。去年優勝できなかったのが不思議なほどだった。

 結局、ブロックを勝ち抜いたのは戸田さんだった。慎太郎はあの後の試合で計十二分も粘ったが、最後には強烈な抜き胴を食らって敗れた。戸田さんは決勝リーグでも全勝し、全日本出場を決めた。

 慎太郎は立ち上がり、綿袴を手で払った。

「帰って稽古するか」

「これから?」

「今日も稽古、明日も稽古。僕は剣道特練員」

 慎太郎は妙な節をつけて歌うように言った。おかしくて、つい笑ってしまう。こっちも同じ節で歌ってみる。

「今日もバイト、明日もバイト」

「まだコンビニのバイトやってるのか」

「僕は貧乏大学生」

 しかしそれも悪くない。アルバイトをしていなければ、宮村さんとも知りあわなかったのだ。今度、試合に誘ってみるのもいいかもしれない。来てくれるかわからないけど。ついでにバイザーも呼んでみるか?

 閉会式で、戸田さんが優勝の賞状を受け取っていた。その姿に自分を重ね合わせてみる。

 おれが何者になりたいのかなんて悩みは、優勝の賞状を受け取ることに比べればどうでもいいような気がした。

 

 〈了〉

モラトリアム三段 <11>

 子供の頃、レゴブロックでよくピラミッドをつくった。親戚からもらったブロックは色も形もバラバラで、完成したいびつなピラミッドは妙な色使いだったが、それでも満足だった。重要なのは仕上げの作業だ。頂点に旗をかたどったブロックを置く。その瞬間、薄い胸が達成感で満たされる。

 大会名の入った横断幕を見上げていると、自然とそのいびつなピラミッドを連想した。

 北海道剣道選手権大会 兼 全日本剣道選手権大会最終予選会。

 この大会に出場するには、まず春の段別選手権で入賞しなければならない。出場者は全部で十三名。おれは三段の部二位だった。

 きたえーるの武道場に出場選手たちが続々と集まってきた。前年度の全日本出場者も揃っている。ふと、後ろから袴の腰板を叩かれた。振り向くと、坊主の特練員が薄く笑っている。慎太郎は挨拶もなく、掲示板に張り出されたリーグ表を指さした。久原、の文字。

「ついてないな」

「何が」

「戸田さんだよ」

 おれと同一ブロックには道警の戸田さんが入っている。五段の部で一位。おれよりも七つ上で、高校の頃から有名な選手だったらしい。一昨年の優勝者であり、昨年も三位に終わったものの決勝リーグに勝ち進んでいる。

「そして」

 同一ブロックにもう一人。慎太郎は指先をつつつ、とスライドさせ、自分の名前を指した。四段三位。

「やっぱりついてないな」

 ノーコメント。おれが反応しないのでつまらなくなったのか、「何か言えよ」と言い残して慎太郎は去っていった。冗談めかしていたが、やつも道警の垂れをつけて臨むのだ。下手な試合はしない。決勝リーグに進めるのは、おれと慎太郎と戸田さんのうち一人だけ。

 道着袴から私服に着替えた浅野先輩が、あたりを見回しながら近づいてきた。光沢のある薄緑のシャツ。こんな服を着て似合うのは浅野先輩くらいだ。

 先輩にはアップの相手をしてもらうためついてきてもらった。休日に足を運ばせるのは申し訳なかったが、大事な大会のアップは浅野先輩にお願いしたかった。先輩は即答で了承してくれた。いい人。

「さっき話してたの、稲田さんか。挨拶しておいたほうがいいな」

「いいですよ。もうすぐ開会式ですし」

 先輩はおれの話も聞かず、慎太郎のほうへ小走りで行ってしまった。おれも新キャプテンとして、あの気遣いを見習わなければならない。

 おれのキャプテン就任について、三年生からは意外なほど反論が出なかった。合宿最終日に浅野先輩から発表された直後は驚いていたが、表立って不満を口にする部員はいなかった。それどころか、三年の先輩たちは口々に励ましてくれた。

 あっけなく、おれは新キャプテンとして認められた。

 結局、おれが部員のことを信用していなかっただけなのだ。だから不安だった。その実、みんなちゃんと部のことを考えているし、自分なりに一生懸命やっている。つまらないことを心配するより、目の前の壁を乗り越えることだけに集中すればいい。毎日真剣に向き合ってればそれが自信につながる。宮村さんの言う通りだ。

 全日本に出場できるのは上位二名。この大会、ピラミッドの一階や二階で満足するつもりはない。やるからには頂点に旗を置くつもりだ。

 道着の襟を正し、腰板の位置を直す。丁寧に垂れをつけ、胴紐を結ぶ。道剣連の職員が間もなく開会式である旨を呼びかけている。準備は万端だ。