雑誌岩井圭也

小説と雑文

北大生はこれを読め!

1冊目『七帝柔道記』(増田俊也角川書店

 学部4年間、私は体育会剣道部に所属していました。ちなみに稽古は週6日がデフォルトで、社会人になってからその話をするたび「なんでそんなことしてたの?」と心底不思議そうな顔をされます。

 札幌キャンパスの十八条の入口近くには二階建ての剣道場があります。剣道場のそばには武道場があり、そちらは武道系の部活が共有で使っています。武道場を通りかかると、時おり柔道部の練習が目に入ってくることがありました。
 そのため、数年後に『七帝柔道記』を読んだときには武道場で見かけた柔道部の練習風景が蘇りました。体育会部員だったため七帝戦も知っていましたし、柔道部の同級生から聞いて七帝ルールがあることも知っていました。
 しかし本書に込められた熱量は、ちょっとした予備知識など吹き飛ばしてしまうほど凄まじい。澄まし顔で読みはじめた私は「知ったような顔をするな!」と怒鳴りつけられるような迫力を感じました。

 読者として熱く、密度の濃い二年間を追体験することで、誰もがみずからの青春時代を思い返さずにはいられません。二年目の七帝戦では思わず泣きました。


2冊目『アリハラせんぱいと救えないやっかいさん』(阿川せんり、KADOKAWA

 『七帝柔道記』よりも最近の北大が舞台のため、現役北大生にはこちらのほうがなじみ深いかもしれません。文系棟、教養棟、メインストリート、大野池、北部食堂、北部書店、サークル会館、工学部食堂など、OBの懐かしさをくすぐる場所が次々と登場します。
 クラークの全身像のくだりも北大生にはおなじみ。見覚えのある(紀伊国屋らしき)書店が登場するのも、個人的に印象深いです。

 その北大を舞台に、2年生のコドリと通称『やっかいさん』たち、そしてアリハラせんぱいを中心に物語は繰り広げられます。コドリのこじらせ方は、デビュー作『厭世マニュアル』のみさととはまた少し違うこじらせ方です。
 周囲に迷惑をふりまく先輩たちを疎ましく思いつつ、自分の「何もなさ」を突き付けられてしまうコドリ。この「何もなさ」との対面は、やはりすべての若者が一度は経験するものではないでしょうか。本書には個性の際立ったキャラクターたちが登場しますが、描かれている感情の揺れ動きは普遍的なものであると感じました。


3冊目『プラネタリウムの外側』(早瀬耕、ハヤカワ文庫JA

 本書は5編から成る連作短編集。描かれるのは現代(又は近未来)でありながら、SFと恋愛小説のおいしいところだけを濃縮したような作品で、読了後に心地よい浮遊感を味わわせてもらえます。

 とにかく一筋縄ではいきません。1話目の中盤で<ある事実>が明かされ、さらにラストでは思いもよらない展開になります。呆然としたまま2話目へ移ってください。霧はすぐには晴れませんが、じきに少しずつ物語の輪郭が明らかにされていきます。「ああ、なるほど」とつぶやく一方で、どこか腑に落ちない部分も残りつつ、大枠では理解したように思わせられる。そのまま最終話を読み終わった後も、まだ小説世界が続いているような気がしてしまうのです。そしてまた1ページ目に戻って再読することに。
 少し引っかかっても最後まで読み通せば、ある景色が見えてきます。それは紛れもなく、「プラネタリウムの外側」からしか見ることのできない景色です。

 現役の北大生だったころ、農学部の私は研究の都合で時おり附属植物園を訪れていました。平均的な北大生よりは確実に足を運んでいたはずです。真冬は心配になるほど植物が雪に埋もれてしまいますが、根雪が溶けると新緑が生い茂る爽やかな園になります。その片隅に落ちていた物語のかけらに、当時の私はまったく気づきませんでした。
 もしかしたら今でも、そこにはかけらが残っているのかもしれません。