雑誌岩井圭也

小説と雑文

胃壁の住人

 仕事中、みぞおちのあたりに痛みを感じた。

 下腹部の痛みは経験があるが、そのへんが痛むのは初めてのことで、首をひねりながらも仕事を続けた。
 最初はたいしたことのない痛みだと思っていたが、徐々に痛みは強くなってくる。痛みは波のように強弱があり、弱い時は我慢できるのだが、強くなってくると仕事も手につかない。午前中からはじまった痛みは、昼食後も続いていた。私はとうとうパソコンのキーボードを叩く手を止め、トイレの個室でこめかみのあたりに手を当ててうめいた。ちょうど胃のあるあたりだ。

 ストレス、という言葉が脳裏をよぎった。
 ちょうど、立てこんでいた仕事が片づいた直後だった。身体の不調は緊張が緩んだタイミングで出やすいと聞いたことがある。今まで胃痛を経験したことは一度もなかったが、ついに。ついにストレスで胃をやられたのだ。ずっとちびまる子ちゃんの山根君の気持ちがわからない半生を過ごしてきたが、これからは彼に共感を覚えながらアニメを見ることができる。

 半休を申し出て、消化器科へ駆け込んだ。エコーで胃内の様子を観察してもらったが、食物塊があってよくわからない。炎症かもしれませんね、と医師は言った。胃薬をもらってその日は終わった。
 翌日になればやわらぐかもしれないという淡い期待は、起き抜けの痛みで打ち破られた。昼まで様子を見たがやはり収まらないため、今度は翌日午前に同じ消化器科で内視鏡を予約した。もしかしたら、たまりにたまったストレスのせいで胃潰瘍まで至っているかもしれない。
 不安を抱えつつ、上下スウェットで病院へ向かった。楽な格好でお越しくださいということだったので、その通りにした。前日から、消化のいい豆腐やおかゆなどしか食べておらず、当日朝も絶飲食だったため、げっそりとした気分である。

 せめてもの楽しみにと、前日に書店で最果タヒの詩集『グッドモーニング』(新潮文庫nex)を買った。この鮮烈な詩集を読んで、実際、ストレスが緩和された気がした。文字の視覚的効果を存分に味わい、別の著作も買おうと決めたところで私の名前が呼ばれた。
 いくらか弱くなっていたが、胃痛はしぶとく残っていた。この胃痛とは長い付き合いになるかもしれない。悲壮な覚悟とともに処置室へ入った。全身麻酔の上、朦朧とする意識のなかで内視鏡を飲みこむ。
 処置後、しばらく横になって休んだ後に診察室へ呼ばれた。男性医師が示したモニターに、ぬらぬらした桃色の壁が映っている。どうやら私の胃壁の写真らしい。胃壁には白い糸くずのようなものが付着している。医師は糸くずを指さして言った。

「この白いやつ。これ、アニサキスです」
「え?」
アニサキス。わかりますか。寄生虫の。こいつを取りました」

 聞いたことはある。たしか品川庄司の庄司がイカを食べてやられたやつだ。渡辺直美もやられてたような気がする。医師は胃壁に取りついていたアニサキスを取り除いてくれたらしい。
 前日の夕食を思い返す。たしか、刺身を食べた。そのなかにアニサキスが潜んでいたのか。

「じゃあ、胃が痛かったのはこいつのせいですか」
「そうでしょうね。今、痛いですか」
「……痛くないです」

 嘘のように胃痛は消えていた。医師はマイペースで続ける。

「これが、それです」

 3分クッキングのような台詞とともに小さなガラス瓶が差し出された。瓶は透明な液体で満たされ、1~2センチくらいの白い糸のようなものが入っている。これが、ついさっきまで私の胃壁にくっついていたというのか。感慨はなくはないが、だからどうしたという気もする。

「持って帰りますか。記念に」
「え、あ、いや」
「この写真はどうしますか。持って帰りますか。データを希望する人もいますけど」
「いや、それはいいです」

 写真を断ったことで、何となく、ガラス瓶は持って帰ります、と答えたような感じになってしまった。待合室は診察を待つ人であふれている。慌ただしそうな医師に「いりません」と言い出すことができず、私はガラス瓶をカバンに入れて診察室を出た。
 これ、どうしよう。そう思いつつ、結局自宅まで持ち帰ってしまった。
 今でもその瓶は、所在なさげにデスクの上に置かれている。瓶のなかに何の液体が満たしてあるかわからないから捨てにくいし、欲しがる人がいるはずもない。たまに存在を思い出しては覗きこんでみたりするが、変化が起こっているはずもなく、液中で白い糸がたゆたっているだけである。
 本当にこれ、どうしよう。

 今日も結論が出ないまま、瓶はデスクに放置されたままだ。