雑誌岩井圭也

小説と雑文

不伝子 <2>

 このサイレンは、町の平穏を守るための騒音だ。

 男がにらむ視線の先には山がある。街からは深緑色の樹々しか見えないが、そこにはダムがある。満々と水をたたえた貯水池。豪雨や長雨の後は、たいていサイレンが町に鳴り響く。それが終われば、注意喚起の町内放送が流れる。間もなく放水を開始します、危険ですので河原には近づかないようにしてください。あらかじめサイレンを鳴らし、注意を喚起し、それから放水がはじまる。雨のせいで過剰にたたえられた水を吐き出し、ダムは水域を一定に保つ。

 町を横断する一級河川はダムの放水と同時にかさを増し、泥色に濁った水が泡立つほどの勢いで下流へ吸いこまれていく。海のほうから強力なバキュームで吸引されているかのごとく、泥水は我先に河口を目指す。普段の河原には釣り人やスポーツを楽しむ人がいるけれど、放水の前後は河原へ近づくことは固く禁じられている。当然だ。この町の住民は、放水時の河川の危険を本能的に知っている。サイレンが鳴るや、肉食動物を目撃した兎ように人々は河原から逃げ出す。それなのに数年に一度の割合で水難事故が発生するのは、あまりにもダムの放水が多すぎるせいだろうか。わたしがこの町に住みはじめてから二度の掘削工事を行っているが、それでも放水の頻度はさほど変わっていない。

 かつて、山には集落があった。中学の授業で、ダムの底には住民のいなくなった家や道路が残っているのだと教わった。渇水で水位が低くなると姿を現すのだと教師は言っていたけれど、わたしの周囲にはダム底に眠る集落の抜け殻を見たことがある人はいない。周辺は立ち入り禁止だから当然といえば当然だ。いつか見てみたいと思っているが、あのダムは夏場でもしょっちゅう放水しているくらいで、渇水したという話は聞いたことがない。

 サイレンが鳴りやむ前に、わたしは職場に到着した。いちおう自社ビルではあるが、こんな田舎町に自社ビルを持っていたところでさして自慢できない。駐輪場に自転車を停め、社員証をリーダーにかざし、裏手の社員用通用口を抜けてエレベーターで情報管理部のフロアに上がる。エレベーターの上昇は気持ち悪いくらい滑らかで、それと気づかないうちにわたしの肉体は地上から十数メートルの高所へと運ばれる。極端に静かな装置からは人間味が感じられない。

 始業時刻より三十分早く、フロアの人影はまばらだった。二百名分のデスクが並ぶ広大さのせいか早朝は寂しく感じられる。わたしは一直線に奥から二番目、窓際にある自分のデスクへむかい、軽い荷物を背中からおろした。

 やがてフロアには出勤した社員の人影が増え、散発的な挨拶から、ざわつきへと発展する。電話が鳴りだし、声高な笑い声や、プレゼンの声が漏れ聞こえてくる。いつもと変わらない職場の朝だった。フロアに流れこんでくる人々を見ていると、ダムの放水のことを思い出した。だいたい、サイレンが鳴ってから放水がはじまるまで三十分。すでに川の流れは濁流へと変わり、空から降ってきた水を海へ還流しているはずだ。海から蒸発した水分が雲となり、いずれまた雨として地上に降る。

 デスク上で電子音が発せられる。かかってきた外線を取ると、聞いたことのない会社の社員だった。取引先なのだろうが、わたしには関係ない。班長に取り次ぎ、わたしは自分の仕事に戻る。滅多にないが、勤務先を問われたときは、情報関係、とだけ答えることにしている。ただし情報に関係していない組織など存在しないから、これは何も答えていないことと同義だ。それを理解したうえでそう答えている。

 わたしは情報管理部に所属している。この世に存在するさまざまなつながりを明らかにすることが、この部署の役目だった。

 わたしの仕事はあらゆる人間のゲノムから、子孫へ受け継がれなかった塩基配列、すなわち淘汰された領域を明確化することである。これまでの遺伝研究は受け継がれた形質にばかり注目し、捨て去られた形質は見向きもされなかった。しかし近年、不要と思われていた配列にも意味があることが明らかになり、そこから遺伝や発生といった現象を考察する風潮が高まってきた。

 毎日、わたしは数十単位のゲノムと接している。どこから得たものかは知らない。あえて知らされていないのだ。作業自体はきわめて単純で、解析ソフトウェアに比較したいゲノム配列を流しこめば、ものの数秒で配列の異なる部分が抽出される。テラバイト単位の情報が一瞬で制御されるさまは圧巻で、計算機に比べれば人間の脳味噌など大した要領ではないことがはっきりする。抽出が済めば、今度は配列の機能をタグ付けするミーニングへ移る。念のため目視で確認する部分もあるが、この作業もほぼ自動で行われる。早ければ五分、遅くとも二十分で一セットが終わる。

 この仕事にやりがいはない。少しでも早くとか、正確にとか、そういう熱意は必要ない。ほとんどの作業はソフトウェアがやってくれるし、失敗があれば後の工程にいる作業者たちが気づく。設備さえあれば全自動でもできる仕事だ。そうしないのは、新しい設備を購入するよりも人を雇ったほうが安いから。それだけだ。遺伝情報管理にかかわる資格を毎年更新しなければならないのは面倒だし、賃金は高いとはいえない。それでも仕事を生きる手段と割り切る人間にとっては、それなりに居心地のよい職場だった。