雑誌岩井圭也

小説と雑文

不伝子 <6>

   *

 

 目が覚めると、立ち並ぶ墓石がこちらを見ていた。つやつやの桃色をした墓石なんかあるはずがないのだけれど、車窓の外を流れる墓石はそろって顔色が悪かった。卒塔婆が歯と歯の間につきささった爪楊枝のようで、見ていると歯茎がうずく。カーラジオで流れるヒップホップが念仏のように聞こえる。車にいるのか、寺にいるのか、わからなくなってくる。窓ガラスにうっすらと、和馬さんと同じ形の鼻が映っている。指で左右に押したり、上からつぶしたりしてみる。これも和馬さんと同じ奥二重の目が細められ、少しだけ二重っぽくなる。

 重雄さんは車を霊園の駐車場に停めた。川沿いの霊園は少し増水すれば浸水してしまいそうだが、墓地が水浸しになったという話は聞いたことがない。今まで運がよかっただけかもしれない。

 助手席の和馬さんが降り、後部座席のわたしが降りる。最後に降りた重雄さんが鍵をかけた。墓地のほうから吹いてきた風が重雄さんのやわらかい髪の毛を流した。黒くて細い髪の毛。こういう髪質はいずれ禿げるから、というのが重雄さんの口癖だった。父親もかなりきてるけど、と言ったこともあった。わたしはまだ重雄さんの両親に会ったことがないし、写真でも見たことがないから、どのくらいきてるのかは知らない。そういう話をしているとき、和馬さんはだいたい口を挟まない。たぶん和馬さんも会ったことがないんだと思う。

 和馬さんの親には二度、会ったことがある。一度目は小学四年生のころ。一月二日に和馬さんとふたりで実家を訪れ、祖父母と会った。記憶はおぼろげだが、練りきりのようなすごく甘い和菓子を食べたことと、緑茶が苦かったこと、和風の一軒家は埃っぽい匂いがしたことを覚えている。なんで重雄さんは来ないの、という質問をしたはずだが、和馬さんがそれに何と答えたかは覚えていない。

 二度目は二十歳の成人式の直前、寒い雨の日だった。こちらははっきりと記憶しているし、なんで重雄さんは来ないの、という質問もしなかった。黙って電車を乗り継ぎ、なんとなく見覚えのある畔道をレインブーツで歩いた。祖父母はあきらかに緊張していた。和菓子は出ず、苦い緑茶だけが出された。しばらく四人でぎこちない会話を交わした。和馬さんはろくに口を開かず、終始うつむきかげんだった。振袖は着るん、と祖母に尋ねられ、成人式には出ません、と答えると少し寂しそうな顔をした。夕食に出前の寿司を食べて、その日のうちに実家を出た。わたしと和馬さんは最終電車で三人の家に帰った。駅から家までの道のりを歩いている真夜中、けたたましいサイレンが聞こえてきた。その音で目覚めた重雄さんに迎えられ、わたしはシャワーを浴びて眠りについた。ダム放水のサイレンは気づけば止んでいた。

 三人並んで、駐車場から霊園まで歩く。和馬さんは入口の付近で備え付けのバケツに水を汲み、アルミの柄杓とたわしを持った。重雄さんはマッチでろうそくに火を灯し、その火を線香の束に移した。わたしは三人分の数珠と、途中で買った仏花を携えている。先頭を歩く重雄さんの手元から立ち上る煙を追って、霊園の奥へと進む。背中合わせに並んだ墓石の列が長々と続いている。整然と区画分けされた様子から、かつて住んでいた団地を思い出した。

 わたしたちは名前の記されていない墓石の前で立ち止まる。バケツを持った和馬さんが柄杓で水をかけ、たわしで墓石をこする。もとより、石の表面には汚れなどついていない。花立てや線香立てを洗い、水を替える。わたしは新しい仏花に交換し、重雄さんは線香を供えた。各人がてきぱきと役目を果たし、わたしは数珠をふたりに手渡す。誰からともなく手をあわせ、瞑目する。わたしは目をつぶった闇のなかで空白の時間を過ごしているけれど、ふたりは別のことを考えているかもしれない。その内容に気づけないわたしは親不孝者なんだろうか。目を開くときも合図はなく、なんとなく片づけをはじめる。わたしは数珠をしまって古い仏花を手に取る。重雄さんは水回りの品を持つ。重雄さんは先頭に立って歩く。

 連れ立って歩くわたしたちと入れ違いに、三人の女性がやってきた。バスか徒歩で来たのか、駐車場とは逆側の方向から歩いてくる。三人のうちふたりは四十歳前後、ひとりは十歳くらいに見えた。たまたま女の子と目が合う。彼女はわたしと父親たちに視線を走らせ、それから両隣を歩く女性たちを交互に見た。その三人は家族だったのかもしれない。ふたりの母とその娘かもしれないし、姉妹とどちらかの娘かもしれないし、歳の離れた三姉妹かもしれない。母子と母の友達かもしれないし、三人とも血縁関係のない友達かもしれないし、迷子と歩く女性のふたり連れかもしれない。見た目だけで人間関係がわかるなんて考えは傲慢だ。

 運転席の重雄さんがアクセルを踏み、車は走りだす。わたしたちは毎月この霊園に来ているけれど、帰り道では必ず無言になる。言いたいことを言葉に変換できず、押し黙るしかなくなってしまう。霊園から三十分ほど走ったあたり、自宅の近所のコンビニの手前で、ちょっと寄る、とつぶやいて重雄さんがハンドルを切った。三つある駐車スペースの左端に停めて、財布を手に店内へ歩き去った。わたしと和馬さんは車内で待つことにした。

「どうしたの」

「金おろしに行ったんだろ」

「なんで」

「なんか、言ってたよ。職場の飲み会の代金、払うからおろさないとって。出がけに」

 技術はこんなにも進歩しているのに、わたしたちは割り勘した代金を電子決済することもできない。いまだに紙幣と硬貨でやりとりしていることが急に時代錯誤に思えてくる。重雄さんはすぐに戻ってきた。おまたせ、と告げてふたたびハンドルを握る。それまでも鳴っていたはずなのに、金属がこすれあうちゃりちゃりという音がどこからか聞こえて、気になりだす。特別、そのことについてふたりに尋ねることはしなかった。後部座席にいると、たまに運転席と助手席のふたりが遠く見えることがある。三人の座席が横並びになっていたらいいのに、と何度か思った。このときもそう思った。