雑誌岩井圭也

小説と雑文

不伝子 <11>

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 秋雨の日が続き、町には数日おきに放水のサイレンが鳴り響く。そのたび、河原に集っていた人々は撤収を余儀なくされる。一団は川のそばを離れてフィールドワークの拠点としている研修センターに引き返し、その日の収穫を整理しながら放水がやむのを待つ。サイレンが鳴らない限りは、天候にかかわらず日中ずっと河原で石や土を採集したり、土地を計測して過ごしている。

 県外からやってきた学者たちの様子を教えてくれたのは、重雄さんだ。学者たちのグループが拠点にしている研修センターは、重雄さんの勤め先である農業法人が貸している。総務の仕事をしている重雄さんは彼らと接する機会が多く、フィールドワークのために来訪してから一週間ほどで全員と顔見知りになったらしい。一団は考古学を専門とする大学教授を筆頭に、その教え子である学生たちが主なメンバーだという。他にも別の組織に所属する地質学者や動物生態学者がいるそうだが、詳しいことはわからない。

 広崎がミロクンミンギアの化石を発見した無名の河原は、学芸員が予想したとおり、瞬く間に考古学研究のホットスポットと化した。報道の翌週には件の一団がこの町にやってきて、フィールドワークを開始した。役所の部長だか参事だかもわざわざ挨拶に来たらしい。当初は物見高い人たちが彼らの作業を見物していたが、石を拾ったり土地の測量をしている様子を見物してもさして楽しいはずがなく、住宅街から離れていることもあって、野次馬たちは数日で消えたらしい。それも重雄さんから教えてもらったことだ。研究って地道なんだね、というのがその感想だった。

「化石、見つかってないんでしょ」

 夕食の席で、わたしは重雄さんに尋ねた。その夜、和馬さんは飲み会のためふたりで夕食をとっていた。ロールキャベツに小松菜と油揚げのおひたしという、合うような合わないようなメニューだった。

「らしいね。仲いいわけじゃないから、よく知らないけど」

 重雄さんはさらりと言うけど、それは結構予想外の事態なんじゃないだろうか。学者たちのグループがこの町に来てから十日あまりが経つけれど、芳しい結果はまだ発表されていないという。重雄さんいわく、日に日にグループの雰囲気は悪化しているそうだ。難しい作業であることは想像に難くないが、それでも素人である広崎があっけなく発見した化石を、プロの学者が十日かけても見つけられないという事態は、さすがに想像していなかったのではないか。

 広崎が血眼で化石を探したとは考えにくい。むしろ、捨てればよかった、と後悔しているくらいだ。ミロクンミンギアの化石はすぐにわかる場所にあったはずだ。捜索の意思を持った学者たちに見つけられず、たまたま河原を訪れた広崎が見つけたのはなぜか。河原にある化石はそれひとつだけなのかもしれない。ともかく、学者たちのフィールドワークは今のところ空振りに終わっているようだ。

「化石に興味あるの」

 別に、と応じる。実際、化石そのものに興味があるわけではない。広崎の聖域で誰が何をしているのか、気にかかっただけだ。父たちには化石の発見者が広崎という名の同期社員であることは話していた。和馬さんは上の空で相槌を打った。重雄さんは多少興味を示したけれど、ネットニュースで報じられた以上のことはわたしも知らなかった。

「雨だ」

 重雄さんがリビングに駆け、素早く窓を開けて洗濯物を取りこんだ。窓にはいくつかの水滴が斜めに付着している。出遅れたわたしは乾いた洗濯物を受け取り、なるべく皺にならないよう、ソファに寝かせた。衣類を畳むのはいったん後回しにして、ダイニングで食事を再開した。いつものことながら、重雄さんは天候の変化に敏い。屋内にいても、降りはじめの数滴ですぐに雨が降ってきたと気づく。

「こう降ると服が乾かないね」

「昼間に降ってなかったから、まだよかった」

 他愛ない会話の最中に、傘持ってたかな、と重雄さんが独言した。和馬さんのことだ。ここにいない父が傘を持っているかなんてわたしが知るはずがないのだから、それは独り言に違いないのだけれど、何かを頼まれたような気がして、わざわざ玄関の折りたたみ傘を確認した。和馬さんの傘はいつもと同じように、靴箱の上に放置されていた。そこにあった、と告げると、重雄さんは無念そうに顔をしかめた。

 白飯を口に運ぶ父は、うつむいているせいで睫毛の長さが目立つ。ニットを着たなで肩のシルエットに、唐突な苛立ちを覚えた。この人はいつだって、夫のことばかり考えている。重雄さんはもっと自分本位になるべきだと、いつも思っていた。わたしにはどうしても、死ぬまでに知っておきたいことがあった。わたしという受精卵の精子提供者に、なぜ和馬さんを選んだのか。どんな話し合いを経て、父たちは和馬さんの精子を使うことにしたのか。知ったところで、何がどう変わるわけでもない。受精からやり直せるわけじゃないし、この身体に和馬さんの遺伝子が組みこまれている事実は変わらない。ただ、そうした理由があるのなら、わたしにはそれを知る権利があると思った。

 切り出そうとしてやめたことは何度もあった。意気込むほどに、今がそのタイミングではないように思えてきて、口をつぐむ。そんな経験を数えきれないほどしてきた。だから、自分の口からするりとその言葉が滑り出てきたことに、最も驚いたのは自分だった。

「どうして和馬さんの精子にしたの」