雑誌岩井圭也

小説と雑文

不伝子 <20>

 小さく光る物体にまさに手が届くというそのとき、わたしの身体は川に抱かれてその場から消えた。足は川底を離れて水中を漂い、だしぬけに自分の膝が迫ってきて肝を冷やした。足がつかないほど深い。わたしはまだ、この濁流に殺されることはないと信じていた。眼球の表面に濁った水が触れて、思わず目をつぶる。体勢を立て直すために仰向けの姿勢から身体を反転させ、犬かきのような格好で水面から顔を出す。一気に肺へと酸素が流れこみ、頭がくらくらする。まさに着衣水泳。

 川の両側は見知らぬ森だった。森と川の境目には砂地があるだけで、護岸工事もされていない。暴力的な勢いに流されながら、わたしは冷静に、いつか川の水は砂地を完全に侵食し、森の木々は土壌から引きはがされるだろう、と考えていた。ドアノブと何ら変わらないわたしの肉体は、流されるまま、河口へとむかっていた。温い水のなかで一方的に押し流されるのは、驚くほど居心地がよかった。不安定なのに、殺されないという確信のせいか恐怖はなく、いつまでもこうしていたかった。川岸に人がいないことを残念に思うほどだった。誰かがいれば、わたしはきっと誘っていただろう。あなたも流されてみませんか、と。

 森を抜けると、見覚えのある家並みや公民館が視界に入ってきた。左右は苔むしたコンクリートで固められている。下流の町だ。はるか頭上に細い橋が架かっているが、人影はない。あの橋に立てば、きっとわたしはドブ川を流れるゴミにしか見えないだろう。

 だんだんと川幅が広くなり、コンクリートはぷつりと途絶えた。また石くれまみれの河原に戻り、川幅は数十メートルにまで広がった。水流はかなりゆるやかになっていたが、自力で岸辺へ上がる気力はなかった。全身の力を抜くと、簡単に身体は水面に浮いた。水死体のように流されながら、わたしは河口を目指した。

 上空では風が吹き、薄雲の隙間から太陽の切れ端が見えた。わたしはあの女のことを思いだしていた。

 ひかり。

 それがわたしと、わたしの生物学上の母の名前だった。

 百歳おめでとう。

 いずれ、わたしは彼女のことを忘れてしまうだろう。それでもわたしの半身を構成する遺伝子は生き続ける。詩を口ずさむ。

 

 わたしがうまれてきたばしょは

 あかるく あたたかく ここちよく

 みたされて はれやかで おちついて

 かぐわしく うつくしく ひろびろとして

 ひかりにみちた いえのなか

 

 和馬さんの遺伝子はわたしのゲノムに組み込まれていない。でも和馬さんも重雄さんもわたしの父であり、わたしは紛れもない二人の子だ。その事実を誰にも否定させはしない。後世に残されるのは遺伝子だけじゃない。和馬さんの低くうなるような声も、コーヒーにミルクを入れて飲む習慣も、重雄さんの丁寧なアイロンがけも、革のジャケットの袖を引っ張る仕草も、すべてわたしに受け継がれている。

 わたしは伝えられたものも、伝えられなかったものも、まとめて肯定する。伝えられなかったものを、切り捨てられた不用品として扱わない。ほんの一瞬でもこの世に存在していたことを全力で認める。新人も旧人も原人も猿人も、そのずっと昔、生命のスープにたゆたう細胞一個だって、わたしは無碍にしない。そこから抜け落ちたものがどれだけ膨大であろうと、伝わらなかったもの、選ばれなかったものを拾いあげる。

 口のなかに飛びこんできた水しぶきは潮の味がした。ぷっ、と吐き出し、手で水をかきながら足を丸めては伸ばし、身体を垂直にする。

 そこはもう海だった。十メートルほど離れた先に無人の砂浜が広がっている。黒くどんよりとくすんだ水がたゆたっている。台風の直後とは思えないほど穏やかで、船影はなく、まったいらな水平線が視界を二分していた。つま先に何かが引っかかり、ふくらはぎにごつごつとした岩の感触があった。足をそろそろと伸ばして、立つことができるくらいの広さがあることを確認してから、両足を岩の上に乗せた。視界が高くなり、水面はわたしの腋のあたりまで下がった。改めて見渡せば、雨で濡れた砂浜には点々と日がさし、まだら模様が描かれていた。光のドットのひとつひとつに目を凝らしたが、やはりわたしの他に動くものはない。

 水の温度が下がったせいで、身体が冷えてきた。わたしは勢いよく岩を蹴り、岸にむけて泳ぎだす。数年ぶりのクロールは不格好で、すぐに息継ぎが苦しくなったが、自分なりのペースで腕をかき、足をばたつかせる。ここは伝わらなかったものたちの楽園だ。河口から吐きだされたわたしは、懐かしい上流を目指して泳ぎ続ける。わたしはこれから先も生き続けなければならない。たとえわたしの遺伝子が受け継がれなかったとしても。

 サイレンは聞こえない。もうすぐ、わたしの誕生日だ。